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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)408号 判決 1960年1月27日

原告 栄食糧工業株式会社 外二二名

被告 国

訴訟代理人 越智伝 外二名

主文

原告等の各請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

(原告等の申立)

原告等が、別紙目録記載の各債務額(以下本件債務という)につき、銚子簡易裁判所において、被告との間になした同目録記載の裁判上の和解(以下本件和解という)は、いずれも無効であることを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。との判決を求める。

(被告の申立)

主文同旨の判決を求める。

第二当事者双方の主張および答弁

(請求の原因)

一、原告等(原告八木清および同池田清を除く)は、いずれも国枝謙三弁護士を代理人として、銚子簡易裁判所において、被告との間に本件和解をしたが、同和解において、原告等のうち別紙目録の主たる債務者欄に記載のもの(以下原告会社等という)は、それぞれ被告に対し、本件債務の存在することを認めるとともにこれを分割して支払うこととし、その余の各原告(原告八木清および同池田清を除く)は、同目録記載のとおり、右各債務者の連帯保証人となり、その旨調書に記載せられ

また本件和解調書には、原告八木湾および同池田清についても、同弁護士を代理人として、同原告等が別紙目録記載のとおり、各連帯保証人となつた旨記載されている。

二、しかしながら、原告八木清および同池田清は、本件和解につき、国枝弁護士に対して訴訟行為の委任をしたことはなく、原告八木清の同弁護士に対する委任状は訴外八木清兵衛、原告池田清のそれは訴外池田英三が、それぞれ右原告等の承諾を得ないで、作成提出したものであるから、同原告等に関する本件和解は無効である。

三、かりにそうでないとしても、原告等全部に関する右和解は要素に錯誤があり、無効である。その詳細は次のとおりである。

(一) 本件債務は、もともと存在しない。

(1)  原告会社等は、昭和二四年一一月被告との間に、おおむね左のような澱粉加工および売買の契約(以下本件契約という)をした。

(イ) 原告会社等は、食糧配給公団澱粉局から買受けた澱粉の全量を、本契約の附録にしたがつて加工し、これを澱粉麺としたうえ、政府に引渡す。

(ロ) 原告会社等が本契約に違反した場合は、被告に対して違約金を支払うものとし、その金額は被告においてこれを認定する。

(ハ) この契約の有効期間は、昭和二四年九月一日から昭和二五年三月三一日までとする。

なお、本契約の日は、昭和二四年九月一日に遡らせたものであり、その附録には、歩留を九八パーセント以上とすることが決められていたほかは、原料の割当、製品の受渡場所、その期限および違約金等につき、別途被告が通達することとなつていた。

(2)  そして原告会社等は、代金を支払つて原料の澱粉を受領し、工場の設備も整えて澱粉加工に備えたが、その後食糧事情はにわかに好転し、同年一二月澱粉の統制は撤廃されて、主食としての澱粉麺に対する人々の関心もようやく薄らぎ始めた。けれども、原告会社等は、倉庫に入れたままの原料の品質も低下し、待機させていた工員の給料、倉庫料等の諸経費のみならず、原料の買入、工場の整備等のため借入れた金員の利息もかさむので、被告に対し、澱粉麺を製造するについて先ず定めなければならない、その品位、形状、寸法および包装等の規格を定め、これを原告会社等に指示するよう再三にわたつて請求したのであるが、被告は原告会社等の焦慮をよそにして、前記契約期間を経過しても、これに対する何等の指示を与えなかつた。

(3)  被告は、昭和二五年四月頃原告会社等に対して、原告会社等が本件契約に違反したとして別紙目録記載のとおり各違約金(訴状添付の記載中、睦産業有限会社に対する違約金二、六〇六、八二五円とあるのは、誤記と認める)の支払を求めてきたのであるが、原告会社等が澱粉麺の加工ができなかつたのは、被告が前叙の指示を与えなかつたからであつて、原告会社等に、違約金の支払義務はない。

(二) 本件和解は、無効である。

右のとおり原告会社等に、本件違約金の支払義務はないのに、被告は、その支払を求めて本件和解の申立に及んだのであるが、

(1)  昭和二五年一二月、食糧庁総務部長室に於て、総務部長清井正は、原告等に対し、「国の事ゆえ、強制執行をして、個人のかまどの灰迄取上げない。書類整理の必要上非常に困るから、さし当り、諒承して欲しい。又よい仕事もある。」と申向け

(2)  昭和二六年一月、千葉食糧事務所に於て、同事務所業務部長岩田茂は、「会計検査等で困るから是非調印して欲しい。捺印しても、政府は、このような条件で原告等からとる意思はない。」と申向けた外、法務局、銚子簡易裁判所に於て、被告の係官は、原告等に対し、同様のことを申向けた。そしてあたかも本件和解調書を作成しても、それには強制力がなく、または少くとも、被告はあくまで原告等の任意の履行に委ね、右調書にもとずいて原告等に対して強制執行をしない旨言明した。

そこで原告等はこれを信じて本件和解に応じたのであるが、本件和解調書は強制執行の債務名義たる効力があるから、原告等の効果意思と表示された和解との間には不一致があつたものというべきである。そして右のそごは、本件和解の要素に関するものであるから、本件和解は、要素に錯誤があつて、無効である。

(被告の答弁)

一、原告主張の請求原因事実のうち、第一項は全部これを認める。

二、同第二項は、全部これを否認する。

原告八木清および同池田清は、みずから、または、少くとも、前者は八木清兵衛、後者は池田英三を代理人として、右訴訟行為の委任をしたものである。

本件契約当時、原告八木清は同堺産業株式会社の、同池田清は同東宝産業株式会社の各代表取締役として登記されており、本件契約も、これ等をそれぞれの会社の代表者と表示して締結されたものであるほか、本件違約金債務の徴収について被告が発しまたは受領した文書にも、原告八木清および同池田清が右各会社の代表者とされており、また本件和解に先立つて、被告は同原告等に宛てて、各会社の和解のための委任状、並びに同原告等が本件債務に関し連帯保証人となつて和解をするための委任状を準備するよう通知したのであるが、これに対して、同原告等は、国枝弁護士に対するそれぞれの委任状(甲第四号証および同第二号証)を提出した。

かりにこれ等の委任状を八木清兵衛および池田英三が提出したとしても、前者は原告八木清の実父、後者は同池田清の実兄であるところ、同原告等は同人等にそれぞれ原告堺産業株式会社および同東宝産業株式会社に関する事務処理をすべて委任し、同人等はこれにもとずいて本件和解およびそれに先立つて行われた被告との交渉に当り、かつ前記の委任状を提出したものである。

以上の事実に、同原告等が本件和解成立後本訴提起に至るまで、被告に対して異議を述べないばかりでなく、かえつて本件債務の一部を弁済している事実を併わせて考えると、同原告等は、みずから国枝弁護士に本件和解の訴訟行為を委任したものであり、または少くとも、八木清兵衛が原告八木清池田英三が同池田清を適法に代理して、右委任に及んだものとみるべきである。

三、同第三項中(一)の(1) の事実、(2) のうち、本件契約後、原告会社等が代金を支払つて澱粉の受領を済ませ、工場の設備も整えたこと、その後食糧事情が好転し、昭和三四年一二月澱粉の統制が撤廃されて、主食としての澱粉麺に対する世人の関心が薄らぎ始めたこと、澱粉麺を製造するについてその品位、形状および寸法等を先ず定めなければならないこと、(3) のうち、被告が原告会社等に対して、原告会社等が本件契約に違反したとして、その主張の違約金の支払を請求したこと(ただし、その請求の日は昭和二五年八月一二日である)は、いずれもこれを認めるがその余の事実は、すべてこれを争う。

原告等主張の錯誤の有無は、その主張の代理人についてその存否を考えなければならないが、弁護士である国枝謙三が強制力のない和解調書が作成されることを意図して本件和解を結んだものではないし、原告等自身もさような意図で国枝謙三に訴訟行為の委任をしたものではない。

(被告の主張に対する原告等の答弁)

被告主張の事実のうち、本件契約当時原告八木清および同池田清が、被告主張のとおり各代表取締役として登記されていたこと、本件契約に同原告等が被告主張の各会社代表者として表示されていること、被告主張の文書に、同原告等が各会社の代表者として表示せられていたこと、および八木清兵衛が原告八木清の実父であり、池田英三が原告池田清の実兄であることは、いずれもこれを認めるが、その余の事実はすべて否認する。

第三証拠関係<省略>

理由

第一本件和解の成立等について、

原告八木清および同池田清を除くその余の原告等が、国枝謙三弁護士を代理人として、銚子簡易裁判所において、被告との間に本件和解をなしたこと、および同和解調書には、原告八木清および同池田清も、同弁護士を代理人として別紙目録記載のとおりの各債務につき連帯保証人となつた旨記載されていることは、いずれも当事者間に争いがない。

第二原告八木清および同池田清に関する本件和解の効力について、

一、被告は、原告八木清および同池田清が、みずから国枝弁護士に対して、本件和解に関する訴訟行為の委任をした旨主張するのであるが、これを認めるに足る証拠資料はない。

二、次に、八木清兵衛および池田英三が、同原告等を代理して右委任に及んだかどうかについて考察しよう。

(一)  本件契約当時、原告八木清が同堺産業株式会社の、同池田清が同東宝産業株式会社の各代表取締役として登記せられていたこと、本件違約金の徴収に関して被告が発し、または受領した文書並びに本件契約に、右原告等が右各会社の代表者として表示されていたこと、八木清兵衛が原告八木清の実父であり、池田英三が原告池田清の実兄であることは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  いずれも成立に争いのない甲第一〇号証の一ないし三、乙第六号証、同第七号証の二、同第八、第一〇号証、同第一一号証の二、同第一八ないし第二三号証の各一、同第二四号証、同第二五ないし第三〇号証の各一および同第三六号証の各記載、証人岩田茂、同安井成喜、同五十嵐定吉、同池田ふくおよび同八木清兵衛の各証言、並びに原告八木清および同池田清の各本人尋問の結果(ただし後三者の証言および供述中、後記措信しない部分を除く(並びに弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実が認められる。

(1)  原告堺産業株式会社は、いわゆる同族会社であり、事実上八木清兵衛がこれを主宰していたが、原告八木清はその長男であるため同会社の代表取締役となつたこと、同会社の運営殊に渉外および経理に関する事項は、全部八木清兵衛がこれを行い、時に原告八木清に無断で業務の執行をなすことがあつたが、同原告は父親のすることでもあるのでこれに対して異議を述べなかつたこと、しかしながら、同原告は全くこれに関与しないというわけではなく、同会社の工場の監督的な地位にあり、本件澱粉の原料を被告から買入れたことも、その当時知つていたこと。

(2)  一方、原告東宝産業株式会社の場合も、池田英三が原告池田清を代理して同会社の業務を執行していたが、同原告も、同会社の工場長のような地位にあつて、その事業に関与していたこと、池田英三は、その父池田喜平とともに合資会社池田喜平商店または池田産業株式会社等の経営に当つていたが、原告池田清はこれ等には関係がなかつたこと、

(3)  昭和二四年一二月澱粉の統制が撤廃せられた後、原告会社等は、食糧庁長官に対して、既に被告から交付を受けていた澱粉を、特別価格で譲渡を受け、これを適宜処分させて貰いたいと陳情したのをはじめ、昭和二五年八月頃被告から本件違約金を納入するよう告知されるや、その減額と分割払を承認させるため、あるいは書面をもつて、または食糧庁長官等に面接を求めて、前後数回にわたつて歎願を行い、その後一部弁済した残額についても、更に昭和二六年一〇月頃担保を提供して一〇年間の年賦の弁済を申し入れたこと、結局同年一二月裁判上の和解をすることとなつたが、その後原告会社等は右残額債務を一〇年間に納入する計画をたててその案を被告に提出するとともに、その弁済方法について被告と折衝を重ねたこと、原告会社等の代弁者達は、相互の連繋を保ちながら、挙げて右のようないわば重大な事態に対決していつたが、かような期間原告八木清および同池田清は前者が昭和二五年頃一時東京都内に住居を移したのを除いて、原告堺産業株式会社および同東宝産業株式会社が存在し、かつ八木清兵衛および池田英三が住んでいた佐原市内に居住していたこと、

(4)  食糧庁は、本件違約金の債務者が法人である場合は、その代表者個人に連帯保証をさせる方針で臨み、本件和解期日を原告会社等に通知したときも、これと併わせ、本件和解に際しては、原告会社等代表者の訴訟委任状のほかに、代表者個人が連帯保証人となるためのそれも必要であるから、これを用意するよう注意を促がしたこと、前記の折衝等に際し、食糧庁千葉食糧事務所から原告八木清および同池田清に出頭を求めると、八木清兵衛および池田英三が、それぞれ同原告等を代理して出頭し本件和解に関する同原告等の委任状(甲第二第四号証)も、右の通知にしたがい、同様にして同人等が提出したこと、

(5)  こうして、本件和解が成立した後、昭和三二年一月、本訴提起に至るまで、原告八木清および同池田清は、いずれも被告に対し、本件和解に関して何等異議を述べず本件債務の一部は、本件和解後も弁済されているが、とくに原告池田清の場合は、みずから池田英三の妻訴外池田ふくに依頼し、同人をして立替えさせて弁済していること、本件和解成立後、原告等のうちの一部には本件債務を完済しようとした者もあつたが、これ等の者は、他の一部の者から本訴を提起するから支払わないで欲しいと要望せられてこれを中止したこと、

(三)  これ等の事実からすると、原告八木清および同池田清は本件和解消時、各原告堺産業株式会社および同東宝産業株式会社の本件債務に対する連帯保証人となることを熟知しており、少くとも八木清兵衛および池田英三が自分等を代理して、本件和解に関する前記訴訟委任をすることを容認していたものと認めるのが相当である。証人八木清兵衛の証言並びに原告八木清および同池田清の各本人尋問の結果のうち、いずれも右にていしよくする部分はにわかに措信し難く、他に右認定を覆するに足りる証拠資料は存しない。

第三要素の錯誤について

原告会社等が被告から本件違約金納入の告知を受けた後、その代表者を通じて食糧庁長官等に面接を求め、その減額と分割払についての歎願をなしたことは、すでにみたとおりであるが、原告志村貞一郎、同横山半兵衛、同土屋晴一、同山村正次郎、同大野喜三郎、同平野一郎および同加瀬大助の各本人尋問の結果によると、その際食糧庁の幹部職員は、原告会社等の代表者達に対してその窮状に同情しながらも、食糧庁としては、会計検査院に対する関係もあり、帳簿の整理上、右代表者等の要望に応ずることはできないが、ただ国家と国民との間のことであるから、違約金を徴収することによつて、原告会社等がその存立の危機に逢着するようなことはしない旨説明したこと、および本件和解に際し、食糧庁の一部の職員が同様のことをいつていたことが窺われる。

しかしながら、かりに原告等が、これによつて、本件和解調書に執行力がないものと信じたとしても、すでに明らかなとおり、本件和解につき、原告等は、国枝弁護士をその代理人としたのであるから、錯誤の有無は同人についてこれを考察しなければならないところ、同弁護士が執行力のない和解調書が作成されることを意図して本件和解を結んだとは考えられない。

第四結語

以上説示のとおりであるから、原告等の本訴各請求は、いずれも理由がないものとして、棄却せざるを得ない。

よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条第九三条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鉅鹿義明 岡松行雄 飯原一乘)

目録<省略>

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